Saturday, August 11, 2012

Dr .Dewolfe の話

朝、インターンの医者が見回りにやってくる。あまり感じに良い人たちではないし、自分も愛想笑いが出来ないのでほとんど無視する。

Dr. Dewolfe とケリーが病室にやってくる。
彼らはそれからほぼ毎日私の様子を見に来てくれた。乳がんの専門医は切ってしまえば終わりだが、美容整形はそうはいかない。

ケリー「気分はどう?手術は大成功よ。」

Dr. D「昨日はエライ長引いたんだ。でも筋肉を切る事もなくとても上手く行った。あのね、君には20%の人にしかない太い血管が通っているんだ。だからそれを使ったので回復も早いはずだよ。

車で例えると、君の場合はキャデラックに乗ってるような感じなんだ。小さな日本車じゃなくて・・。だからとてもラッキーだった。皮膚が壊死する可能性もあるから頻繁にチェックしなければいけないけど、多分丸一日たってるし大丈夫だと思う。」

そっか。全て上手くいったと聞き安心。しかし嬉しいとか悲しいとか、そういう感情が湧いて来ない。体力を消耗している時には本当に感情がわかないのを実感した。

この時の表情を今でも思い出す。何の感情も表さない表情。実生活でこういう顔をしている人を見かける事がある。その人達は喜怒哀楽を表せないほど疲れている人たちだ。

トイレに立つのをナターシャが助けてくれる。お尻丸出しアッパッパーを着ているのでお尻丸出し。その事はわかってたけど、隠そうとする体力も気力もないのでそのままにしていた。後日ナターシャはその寝間着を初めて見た事(彼女はロシアからの移民)、お尻丸出しでビックリした事を笑いながら話した。

救急病棟2日目、やっと天使のような看護婦さんに出会う。喉が渇くと言えば、ミントのアメのようなものをくれた。何度も何度もうがいをする。ipod で好きな音楽を聴く。

9月5日 14時間かかった再建手術

気持ちの悪い夜を過ごし、朝、手術待合室に送られる。
Dr. Dewolfe, 助手のケリー、ニコヤカに「さ、いよいよだね。頑張ろう」と言いに来る。
麻酔の先生は今回も男前。

昨日全く眠ってしまったので今日こそは半分起きて全てを見てやろうと思うのだけど、今回も見事ノックダウン、気がつくと全てが終わっていた。

夫「14時間もかかったらしいで」
私「え?ホンマ?」
夫「マイクロスコープで一つずつ血管をつなげる作業が大変ならしい」
私「そうなんか・・」

私は体力を消耗しているのを感じた。
喋れない、笑えない。

今回は救急病棟に入れられる。
皮膚移植が成功しているか、2時間ごとに血が通っているかどうかを調べるためらしい。

痛みは全く感じない。やはり喉がカラカラ。自宅から持って来た電動歯ブラシが大活躍。何度も何度も歯と歯茎を磨く。

夫に手をさすって欲しいと思った。それは夫でなくても良かった。ただ誰かに触れていて欲しかった。体に触れるという事は体にも心にも良い事なのだろう。命が要求していたとしか思えない。ただただ体に触れていて欲しかった。
夫が帰った後、ナターシャに手を握っていてもらう。

夜勤はまたまた最低な看護婦。喉が渇いているのになにもしてくれない。人に触る事が苦手な人で、まるで何か汚い物を触るような感じで私に触れる。ただ一つ、彼女が教えてくれて良かった事は、呼吸を深くする為に簡単な装置をくれた事。管があって、どれだけ深く呼吸しているかを計るようになっている。

手術をすると呼吸が浅くなるらしい。そのせいで肺炎を起こす事も少なくないという。使ってみるとあまりの呼吸の浅さにビックリする。

長時間の麻酔のせいか、昨日よりずっと疲れている。運ばれる食事は相変わらずマズそうで何も食べられない。テレビを見る気にもなれない。

手術後初めて聞いた音楽はエマニュエル・パユが演奏するシュスタコービッチのバイオリンコンチェルト。美しい、力強い音楽。励まされる。

痛みがあるとモルヒネを補給するボタンを押す。そのせいか、痛みはほとんど感じない。

夜は本当に寝苦しく、気持ちの悪い一夜を過ごす。それは痛みではなく、喉が渇くからだ。看護婦は定期的に胸の血流の音を調べに来る。

9月4日 手術の日

いよいよ手術当日。

病院は家から車で5分位の所。
下着などちょっとした着替えを用意して、朝5時、夫の運転する車で病院に向かう。

丁度連休の週末だったので、昨日はバーベキューに呼ばれ、散々食べて飲んだ。
医者から夜の12時には飲み食いをやめるように指示されていたので、10時には飲食をやめて家に12時頃帰ったのだが、何だかちょっと胸焼けがする・・・。食べ過ぎか・・。

色んな書類にサインさせられて、入院の必要な人が集められている病棟へ。幾つも並べられたベットの一つに入れられ、アメリカの病院では不可欠な、お尻丸出しアッパッパーみたいな最悪の診察衣を着せられる。散々待たされて、やっとDr. Leonard 到着。いつもの静かな笑顔に励まされる。手術する左胸にマジックペンで書き込む。Dr. Dewolfe も脂肪を取るお腹に色々書き込む。どのようにメスを入れるか、下書きのようなものらしい。

ハンサムな麻酔の先生が「気分はどう?」と現れたので胸焼けがする事を伝えるが、12時以降何も食べてなければ大丈夫だと笑う。

看護婦が現れて私を連れて行こうとしたので夫は一旦家に帰る。今日の手術は2時間弱くらいだと聞いている。

実は手術当日の事はあまりハッキリと覚えていない。
乳首の周りに何ヶ所か注射され、いよいよ手術室に運ばれて色んな人が挨拶されたのは記憶にある。麻酔されても心は起きて全てを観察していようと思ったのに、そんな器用な事は全く出来ず、次に気づいた時には全て終わっていた。看護婦からリンパへの影響がなかった事、全て順調に行った事を聞く。

痛みは全く感じない。やたらのどが乾く。

入院病棟へ運ばれ、しばらく休んでいると夫が到着。ボビーとナターシャという親しい夫婦も見舞いに来てくれた。ナターシャは夫の忙しい時、ずっと側にいてくれた。誰かがいてくれるだけで有り難い。

胸全体が大きなギブスのようなもので覆われている。とりあえず縫ってあるはずだが明日また開いて手術かと思うとうんざりする。

レストランをやっている親しい友達が花と差し入れを持ってお見舞いに来てくれる。差し入れは彼が作ったトンカツや天ぷら、焼き飯などで、私にスタミナをつけさそうと思っているのかもしれんが、あまりに脂っこいので食べられなかった。夫とボビー達が喜んで食べてくれる。

何も食べる気が起こらないのでアップルジュースを少しずつ飲む。一口飲んでは机に置いて、また一口飲んで・・・。3口目くらいに気がついた。そのジュースの周り一杯に蟻がたかっている〜!

もしかしたら友達の持って来てくれた花にいたのかもしれないと思い、看護婦に言うのはためらわれたけど、こんな所にはいられない。すぐ報告。

「あの・・・虫が一杯いるんですけど・・」
「あれ〜本当!、すぐ空いてる部屋を探してそこに移動します。前にも出たのよ・・ちゃんと駆除出来てなかったのね・・・」

え〜・・清潔なはずの病院(それも地上5階)に蟻! 私は初めての手術で神経質になっているからか、蟻が左胸一杯に広がる図を思い浮かべ、あ〜感染してヒドい事になるのかも・・と思い悲しくてただ泣いてしまう。怒る体力がなかった。

部屋を変わって看護婦が注射をしに来る。左胸の手術をしたので、今後どんな注射も右腕を使うように言われる。

テレビなど見る気にはなれないし、食欲も全くない。夫に頼んでipod を持って来てもらう。 夜勤の看護婦は最低だった。ボタンを押して呼んでも、さんざん待たされる。他の労働者達とバカな世間話をしているのが聞こえる。やたら喉がかわく。麻酔のせいだと思う。水は飲めない事になっているので、氷を口に入れてもらう。全く人の心のわからない、サービス業には向かない看護婦だった。この時の私はもっとヒドい看護婦がいる事を知らなかった。

知り合いからカードが届く

冷静にしているつもりでも、何せ発覚から手術までの期間が長かったので(2ヶ月)感情のアップダウンがあり、ダンナも多分一人で抱えるのは辛かったのだろうと思うが、どうも親しい友人には喋っているらしい。彼らは何も口に出さないが、変な同情のバイブレーションを感じる。ただ唯一、ドイツ人のピアニストだけは「乳がんの手術だって?うちの母親も昔やってピンピン元気にしてるよ。ステージゼロなら尚更たいした事ないよ。」と会った時にハッキリ言った。返ってそういわれた方が気持ちが良い。

私がほとんど人に喋ってないのにナンデあんたがそんなに喋るんやとダンナをなじる。そのうちリンパの癌を煩って長い間療養していた知り合い(女性)からカードが届く。

「夫からイクコが乳がんだと知らされてとっても驚いています。私も癌を克服した人間。何かあったら何でも相談にのるので、いつでも電話して来てね。」

彼女の気持ちは本当に有り難い。知ってしまったからには何かせずにはいられなかったのだろうと思う。すぐにカードをくれて・・・。でも私はそのカードを読んで、たまらなく悲しかった。乳がん患者になるという事実。その事をまだ受け入れられていなかったからなのかもしれない。今でもその時の気持ちを上手く表す事が出来ない。ただただ、悲しかった。

その日は親しい友達のパーティに行く予定だったが、私は涙が止まらないので夫は一人で出かけて行った。

療養生活の準備をする

両方の医者から大体6週間は家で療養しておくように言われている。
療養生活はどんなものなのか、私にはあまり想像ができなかった。

以下、一生懸命考えて揃えたもの

1)可愛い寝間着

「誕生日祝いに買って〜」と両親に頼んで (内緒にしてますから)ワコールの可愛い寝間着を送ってもらった。この寝間着の為に療養生活が少し楽しみになったが、結局この寝間着は3週間終わる位からしか着られなかった。何故なら私の体3カ所にチューブがブラブラついた状態で退院したので(アメリカはこれが普通らしい・・・)体液がそこから漏れて汚れるからだ。チューブについては後で詳しく説明します。それでもチューブが取れてからこの可愛い寝間着で心が安らいだ。

2)オーディコロン

L'OCCITANE  という、値段が高いのでプレゼントにしか買わないフランスのメーカーのオーディコロン2種類。これは出費した甲斐があった。療養中、シトラスとバラの匂いに囲まれる事によって気分転換が出来た。

3)非常食

料理が出来ないと思ったので、何か簡単に食べられる物を、と思ってレトルトカレーをたくさん購入。しかし手術後は全くカレーなど食べる気にならず無駄だった。ふりかけも買ったけど、普段食べない物はやっぱり食べないと知る。








Thursday, August 9, 2012

犬に噛まれる

手術日は9月4日に決定。その10日前にかかりつけの医者に会い、血圧を計ったり胸の音を聞いたり一通りの事をして、手術はそのまま決行される事になった。

手術一週間前、親しい日本人の友達とランチをした。男一人女3人の予定だったがその男がすっかり約束を忘れて現れなかったので、女ばかりのランチになった。
手術の事は黙っていようと思っていたが、女ばかりなので2人に来週乳がんの手術をするんだと伝える。後で考えるとこの時彼女達に伝えて本当に良かった。手術後、病院に連れて行ってもらったり美味しい差し入れを持って来てくれたり犬の散歩に行ってくれたり、結構遠くに住んでいるのにこまめに来てくれて本当に有り難かった。

彼女達と楽しいランチをした後、家に帰っていつものように夕方犬の散歩に出かける。
2ブロック先の道に、いつも吠えるアホの犬2匹がフェンスを出て、道路を走っている。
あ〜!我々を見てアホが猛烈に近づいて来る。うちの犬は弱虫さんなので無意識に犬を庇ったのか、アホ犬にふくらはぎを噛まれる。ズボンが血だらけになる。

ケガはたいした事なかったが、このアホ犬にはいつもあまり良い印象がないし、公道で放し飼いにしていて噛まれたので警察に電話する。到着に20分くらいかかったが、その場でずっと待っていた。

やっと二人のお巡りが到着、ケガをした足の写真を撮ったり飼い主から事情を聞いたりしている。「破傷風の注射はしているのか」と私に聞く。そんなの普通してるものなのかなあ・・・。してないと答えると、すぐ救急病院へ行けと言う。そのうちウ〜ウ〜と救急車が到着、兄ちゃん達がケガを見て「あ〜これは5ハリくらい縫う事になるね」などといい加減な事を言う。その頃から私は事の重大さにビックリし、気持ちが乱れる。飼い主に向かって「アンタのアホの犬のせいで何で私が救急車に乗って病院行かなあかんねん!私は来週乳がんの手術の為に出来るだけ静かに生活しとるんじゃ!」と泣いて叫ぶ。警察が私をなだめ、飼い主から引き離そうとする。

犬は救急車に乗れないというので警察、救急車と共に一旦家に帰って犬を置き、改めて救急車に乗せられる。来週入院する予定の救急病棟に入れられる。

待合室にはアホな子供とその親などでごった返している。月曜日は忙しいらしい。じっと待っていたら夫から電話。

「何があったんや!?』
「アホの犬に噛まれてんや」
「エ〜!大丈夫か?」
「大丈夫とちゃうわ。気分がメッチャ悪い」
「すぐ行くからな」

夫は隣の人から「郁子が救急車で家から運ばれた。その時警察も来ていた」という電話をもらったらしい。彼は仕事があったがキャンセルして駆けつけてくれた。

待つ事約4時間。
足は結局洗浄して軟膏を塗るだけ、破傷風の注射と痛み止めをもらった。お腹が空いていたので近くのメキシカンで食事して帰ったら夜の12時を過ぎていた。

ずっと静かな気持ちを保つのに成功していたのに、その夜は無性に腹が立ってそれを押さえられなかった。

アホな飼い主に対して。
私の病気に対して。

私はメチャメチャ腹を立てていた。




美容整形外科医

Dr. Dewolfe のオフィスに夫と一緒に行く。
まずケリーという若いきれいな看護婦さんが来て、一通りの事を説明してくれる。

「乳がんと診断されて、大変だったわね。でも胸のふくらみがあるかないかで全然気分も違ってくるものなのよ。今は全て保険がカバーするし、もし希望するなら健康な方の胸の豊胸手術も保険でおりるから、この際に大きくする人もたくさんいます。」

へー、そうなのか・・・。 何事も良い方に利用する事が出来るのね・・。

彼女の説明によると、まず大きく分けて二通りの方法があるらしい。

一つは胸にシリコンを入れるやり方。利点は手術時間が短い事。難点は10年に一度は取り替える必要がある事。 もう一つのやり方は自分の他の脂肪を使って胸に移植する方法。大体はお腹の脂肪を使うらしい。その利点は一度手術してしまえば後は何もする必要がなく、最も自然な形に仕上げる事が出来る事。また脂肪吸引をするのでお腹がペッチャンコになる事も利点。難点は毛細血管をくっつける手術になるので手術時間が長い事。余計な傷がお腹につく事。

ある程度の説明の後、Dr. Dewolfe のオフィスに移動。30代そこそこのオタクっぽい男の先生だ。

「僕は皮膚移植が専門なので、もしアナタに充分なお腹の脂肪があればそれを胸に移植するのが最適だと考えています。うーん、でもアナタに充分な脂肪があるかなあ・・・(私は服を脱ぎ、お腹を見せる)おお、これなら両方の胸をとっても充分な脂肪が取れますね。大丈夫です。」

ダンナは如何に私のオッパイが気に入っているか、力説し始める(何の足しになるんや!?)。私もあまり大きくする必要は感じないので、同じような大きさにして欲しいと思う。

あまり深く考える事もなく、自分の脂肪を使った方がより自然だろうという考えからお腹の脂肪を胸に移植する事に同意。後は2人の医者と日程調節をして手術日を決め、最終的に私が手術が受けられる健康な状態であるかどうかをかかりつけの医者に見てもらう事になる。

こうなったら早く手術をしてしまいたい。